希望をつなぐ。
大きな変化、悲惨なニュース、覆される常識。
圧倒的な現実に自分の小ささ、無力さを感じる日々。
それでも、そんな中でも、希望をつないでいく。
無責任な批判や実行の伴わない言葉ではなく、実際に自ら行動し、具体的な制度や仕組みを考え、提案し続ける。
その小さな積み重ねが希望ある未来に繋がることを信じて。
2011年07月20日
飯塚市を活性化するには
ふるさと飯塚市を活性化するには何が必要なのか?
いつも私の頭の中にある問いです。
まず、「活性化」とは何なのでしょうか?どういう状態を指しているのでしょうか?
人が集まりにぎやかなこと。活気があること。元気なこと。イメージ的にはそんな感じではないでしょうか。
先日行われた山笠や、来月ある花火大会などイメージでいう「活性化」に近い気がします。
それを楽しみにしている方はたくさんいますし、これからも受け継がれていくべき文化であると確信しています。
しかし、それらはあくまで人がいることにより成り立っていくものです。街に人が住み続けることにより成り立っていくものです。
すなわち活性化とは、端的に言うと「人がその街に住み続けること」だと私は考えます。
そう考えると飯塚市を活性化させるには
「飯塚市から出て行く人を減らし、新しく入ってくる人を増やす」つまり「定住化の促進」
単純にそのことに集中すればいいと思います。
日本全体の人口が減っているので、他の自治体と比較して増加率や減少率で把握するべきでしょう。
なぜ、飯塚から出て行くのか?なぜ、飯塚ではなく他の自治体を選んだのか?そのあたりの声を細かく拾い上げて分析していけば問題が明確になり、自動的に飯塚市の取るべき方法が明確になると思います。
実際にそのようなアンケートを自分でも実施してみて、議会にあげていかなければと思います。
いつも私の頭の中にある問いです。
まず、「活性化」とは何なのでしょうか?どういう状態を指しているのでしょうか?
人が集まりにぎやかなこと。活気があること。元気なこと。イメージ的にはそんな感じではないでしょうか。
先日行われた山笠や、来月ある花火大会などイメージでいう「活性化」に近い気がします。
それを楽しみにしている方はたくさんいますし、これからも受け継がれていくべき文化であると確信しています。
しかし、それらはあくまで人がいることにより成り立っていくものです。街に人が住み続けることにより成り立っていくものです。
すなわち活性化とは、端的に言うと「人がその街に住み続けること」だと私は考えます。
そう考えると飯塚市を活性化させるには
「飯塚市から出て行く人を減らし、新しく入ってくる人を増やす」つまり「定住化の促進」
単純にそのことに集中すればいいと思います。
日本全体の人口が減っているので、他の自治体と比較して増加率や減少率で把握するべきでしょう。
なぜ、飯塚から出て行くのか?なぜ、飯塚ではなく他の自治体を選んだのか?そのあたりの声を細かく拾い上げて分析していけば問題が明確になり、自動的に飯塚市の取るべき方法が明確になると思います。
実際にそのようなアンケートを自分でも実施してみて、議会にあげていかなければと思います。
2011年06月09日
価値観
皆様、こんばんは!
今日は、委員会の仕事で市役所に行ってきました。
仕事後、同席されていた先輩議員の方と政治の話に。
決しておごらず、真摯に市民の方の声に耳を傾け、正しいと信じることをやる。
悲観的になるのではなく、希望を持ち、「なせばなる」の精神で、情熱を持って取り組んでいく。
内向き、下向き、後ろ向きになるのではなく、前を向いて、上を向いて、失敗を恐れずに新しいことにどんどん挑戦していく。
今の若い者はとか、今の政治家はとか、いろんなこと言われてますが、一人ひとりが今の社会と時代に責任を持つように意識が変わっていけば、個人がやるべきことはおのずと見えてくるのではと感じています。
私の住まいは、里山や田畑に囲まれた田舎にあります。
日が暮れると、夜空には星がくっきりと見え、今時期は水のはった田んぼから蛙の大合唱が聞こえます。
派手さもないし、面白さもありませんが、そういうありのままのものが、私にはこの上ない贈り物のように感じられます。
ストレスから開放され、明日も頑張ろうという気持ちになります。
そういう本当に大切なものを壊さずに、後世に残していくことが大事だと思います。
ではまた!
今日は、委員会の仕事で市役所に行ってきました。
仕事後、同席されていた先輩議員の方と政治の話に。
決しておごらず、真摯に市民の方の声に耳を傾け、正しいと信じることをやる。
悲観的になるのではなく、希望を持ち、「なせばなる」の精神で、情熱を持って取り組んでいく。
内向き、下向き、後ろ向きになるのではなく、前を向いて、上を向いて、失敗を恐れずに新しいことにどんどん挑戦していく。
今の若い者はとか、今の政治家はとか、いろんなこと言われてますが、一人ひとりが今の社会と時代に責任を持つように意識が変わっていけば、個人がやるべきことはおのずと見えてくるのではと感じています。
私の住まいは、里山や田畑に囲まれた田舎にあります。
日が暮れると、夜空には星がくっきりと見え、今時期は水のはった田んぼから蛙の大合唱が聞こえます。
派手さもないし、面白さもありませんが、そういうありのままのものが、私にはこの上ない贈り物のように感じられます。
ストレスから開放され、明日も頑張ろうという気持ちになります。
そういう本当に大切なものを壊さずに、後世に残していくことが大事だと思います。
ではまた!
2011年06月03日
内閣不信任について
皆様、おはようございます。
今日は、昨日の国会での内閣不信任案について。
否決されて本当に良かったと思います。
なぜなら、国家の一大事である今、この時に、総選挙などにお金や神経を使うべきではないからです。
野党や民主党の造反組は、今の国の状況が客観的に見えているとは到底思えません。
現内閣が頼りないから、自分たちが変わって指揮をとる。
そのための手段としての不信任案の提出だったとすれば、あらたな疑問が浮かびます。
では、現内閣のどこが問題で、その問題に対して、どのように対応していくつもりなのか、今の内閣にはできなくて自分たちにはできると考えるその根拠は?
そのような点が明らかにされないまま、不信任だと騒いでも国民には、まったく伝わらないと思います。
このような、国民感覚とずれた権力闘争を繰り返すから、国民の政治不信がどんどん増していくのだと思います。
しかも今回は国家的な危機の最中に起こしたことです。この感覚のずれをそのままにしておいてはいけないと思います。
私が政治家を志したのも、そういった思いからでした。
政治が腐敗するのは、政治家が腐敗しているからです。
大きく社会構造が変わっている今だからこそ、政治はより重要になっていると思います。
だから従来のやり方にとらわれない、新しい感覚、感性をもった政治家がどんどん出てきて、勇気と希望をを持ち政治改革に取り組んでいかねばならないと思います。
今回の事件を経て、その気持ちをさらに強くしました。
では、今日も一日頑張りましょう!
今日は、昨日の国会での内閣不信任案について。
否決されて本当に良かったと思います。
なぜなら、国家の一大事である今、この時に、総選挙などにお金や神経を使うべきではないからです。
野党や民主党の造反組は、今の国の状況が客観的に見えているとは到底思えません。
現内閣が頼りないから、自分たちが変わって指揮をとる。
そのための手段としての不信任案の提出だったとすれば、あらたな疑問が浮かびます。
では、現内閣のどこが問題で、その問題に対して、どのように対応していくつもりなのか、今の内閣にはできなくて自分たちにはできると考えるその根拠は?
そのような点が明らかにされないまま、不信任だと騒いでも国民には、まったく伝わらないと思います。
このような、国民感覚とずれた権力闘争を繰り返すから、国民の政治不信がどんどん増していくのだと思います。
しかも今回は国家的な危機の最中に起こしたことです。この感覚のずれをそのままにしておいてはいけないと思います。
私が政治家を志したのも、そういった思いからでした。
政治が腐敗するのは、政治家が腐敗しているからです。
大きく社会構造が変わっている今だからこそ、政治はより重要になっていると思います。
だから従来のやり方にとらわれない、新しい感覚、感性をもった政治家がどんどん出てきて、勇気と希望をを持ち政治改革に取り組んでいかねばならないと思います。
今回の事件を経て、その気持ちをさらに強くしました。
では、今日も一日頑張りましょう!
2011年05月18日
初投稿! (続き)
皆様、今日もお仕事お疲れ様でした!
5月の晴れの日って本当に気持ちがいいですね
さて、前回の続きから。。。
不動産会社を退社後は独立開業するべく、行動を始めました。
サラリーマンの時代は色々と学ばせていただいた点が多くありましたが、その中の一つに「自分はあまりサ
ラリーマンに向いていない」という気づきがありました(笑)
自分が納得いくまでやり遂げたいという性分ですので、ならば自分で事業をするしかないという結論になりました。
幸い行政書士という法律の資格を持っていましたので、行政書士事務所を開業しようと考えました。
開業までの数か月は、事務所の選定や開業資金の準備などですぐに過ぎていきました。
自分の事務所を持てる!という嬉しさや興奮から、開業時は事業計画が甘くなりがちなので、これから開業などを考えている方は資金繰りに十分に気を付けてくださいね(自分の経験からです・・・)
準備していたつもりでしたが、開業時からしばらくは本当に苦しい時期が続きました。
肉体的にも精神的にもかなり追い込まれていました。周囲の方々の支えがなければ今まで事務所を続けれなかったと思います。
苦しい中でも、何とかやりくりしながら、1年、2年と過ぎるうちに少しずつ精神的にも余裕がでてきました。
自営業は、頑張ればそれだけかえってきますし、逆にサボればすぐに売り上げに現れます。
確かに厳しくはありますが、自分が成長していることに一番の充実を感じるため、やはり自営業は向いているなと感じています。
これからも、皆様のお役にたてるように、しっかりと努力していきたいと思います。
5月の晴れの日って本当に気持ちがいいですね
さて、前回の続きから。。。
不動産会社を退社後は独立開業するべく、行動を始めました。
サラリーマンの時代は色々と学ばせていただいた点が多くありましたが、その中の一つに「自分はあまりサ
ラリーマンに向いていない」という気づきがありました(笑)
自分が納得いくまでやり遂げたいという性分ですので、ならば自分で事業をするしかないという結論になりました。
幸い行政書士という法律の資格を持っていましたので、行政書士事務所を開業しようと考えました。
開業までの数か月は、事務所の選定や開業資金の準備などですぐに過ぎていきました。
自分の事務所を持てる!という嬉しさや興奮から、開業時は事業計画が甘くなりがちなので、これから開業などを考えている方は資金繰りに十分に気を付けてくださいね(自分の経験からです・・・)
準備していたつもりでしたが、開業時からしばらくは本当に苦しい時期が続きました。
肉体的にも精神的にもかなり追い込まれていました。周囲の方々の支えがなければ今まで事務所を続けれなかったと思います。
苦しい中でも、何とかやりくりしながら、1年、2年と過ぎるうちに少しずつ精神的にも余裕がでてきました。
自営業は、頑張ればそれだけかえってきますし、逆にサボればすぐに売り上げに現れます。
確かに厳しくはありますが、自分が成長していることに一番の充実を感じるため、やはり自営業は向いているなと感じています。
これからも、皆様のお役にたてるように、しっかりと努力していきたいと思います。
2011年05月14日
初投稿!
初めまして!
福岡県飯塚市に暮らす青年実業家&政治家の永末雄大です。
まずは自己紹介。
1979年、福岡県飯塚市に生まれました。
幼少のころより、市内のスイミングスクールに通い始め、以来30年近く水泳を続けています。
今まで大きな怪我や病気がないのは水泳のおかげだと思っています。
プールで泳ぐことの気持ちよさ、素晴らしさは後々熱く語らせていただきます
高校は地元の県立嘉穂高校に進学しました。文武両道の校風でしたが、水泳漬けで・・・
2度のセンター試験を経験して、なんとか広島大に進学できたのでよしとしています。
大学時代は法律を勉強していました。特に会社法が面白く、当時の知識が今の行政書士という仕事で役立つこともあります。
大学卒業時は周囲の人と同じように企業に就職するか、法律の資格の勉強をするかで本当に悩みに悩みました。
企業に就職して広い世界で色々な経験を積むことはとても魅力的でしたが、大好きな地元飯塚の活性化のために地元で何かしたいという思いから飯塚に戻り勉強することを選択しました。
昼間アルバイトで働いて、夜勉強というサイクルでいろいろな資格に挑戦しました。今の職業である行政書士もこの時に取得しました。
数年そのような生活を続けていましたが、ある時、資格を取得することが目的となってしまっている自分に気が付きました。
将来、行政書士事務所を開業することは決めていましたが、一度社会をしっかり見ておく必要性を感じていましたし、サラリーマンとしての経験をしておくことが、人を雇う側になる時きっと役に立つだろうとの考えから、福岡市内の会社に就職を決めました。
就職先は不動産会社で、宅地建物取引主任者の資格を持っていたのもあり営業部に配属されました。
分譲マンションの販売をする会社でしたので、当然、マンションを売らなければいけないのですが、待っていてもお客は来てくれないので、営業の電話を朝から晩までやったり、チラシを何千枚も配ったりと、最初のころは本当にたいへんなところに就職してしまったなと思っていました。
大変な思いをしながらも、入社からしばらくたつと、少しずつ結果がでるようになり、仕事も面白くなってきていましたが、リーマンショックによる世界的な不況のあおりを受け、会社が事業を大きく縮小することになったのを機に、会社を退社することにしました。(続く・・・)
福岡県飯塚市に暮らす青年実業家&政治家の永末雄大です。
まずは自己紹介。
1979年、福岡県飯塚市に生まれました。
幼少のころより、市内のスイミングスクールに通い始め、以来30年近く水泳を続けています。
今まで大きな怪我や病気がないのは水泳のおかげだと思っています。
プールで泳ぐことの気持ちよさ、素晴らしさは後々熱く語らせていただきます
高校は地元の県立嘉穂高校に進学しました。文武両道の校風でしたが、水泳漬けで・・・
2度のセンター試験を経験して、なんとか広島大に進学できたのでよしとしています。
大学時代は法律を勉強していました。特に会社法が面白く、当時の知識が今の行政書士という仕事で役立つこともあります。
大学卒業時は周囲の人と同じように企業に就職するか、法律の資格の勉強をするかで本当に悩みに悩みました。
企業に就職して広い世界で色々な経験を積むことはとても魅力的でしたが、大好きな地元飯塚の活性化のために地元で何かしたいという思いから飯塚に戻り勉強することを選択しました。
昼間アルバイトで働いて、夜勉強というサイクルでいろいろな資格に挑戦しました。今の職業である行政書士もこの時に取得しました。
数年そのような生活を続けていましたが、ある時、資格を取得することが目的となってしまっている自分に気が付きました。
将来、行政書士事務所を開業することは決めていましたが、一度社会をしっかり見ておく必要性を感じていましたし、サラリーマンとしての経験をしておくことが、人を雇う側になる時きっと役に立つだろうとの考えから、福岡市内の会社に就職を決めました。
就職先は不動産会社で、宅地建物取引主任者の資格を持っていたのもあり営業部に配属されました。
分譲マンションの販売をする会社でしたので、当然、マンションを売らなければいけないのですが、待っていてもお客は来てくれないので、営業の電話を朝から晩までやったり、チラシを何千枚も配ったりと、最初のころは本当にたいへんなところに就職してしまったなと思っていました。
大変な思いをしながらも、入社からしばらくたつと、少しずつ結果がでるようになり、仕事も面白くなってきていましたが、リーマンショックによる世界的な不況のあおりを受け、会社が事業を大きく縮小することになったのを機に、会社を退社することにしました。(続く・・・)